2児子育て中40代母のblog

はじめまして。女の子2人育児中の40代半ばの母です。 婚活から現在に至るまでの過程と、日々に起こった小さな出来事など、つらつらと書いております。よろしくお願いいたします。

脳腫瘍

父が亡くなりました①

今回からしばらく、父が亡くなったことと
その後の葬儀などについて、書いていこうと思います。



病院から呼び出されたのは木曜日でした。
でも私は翌日までが仕事で忙しく、その日には
どうやっても行けませんでした。
姉に、「ごめん、今日は行けない。週末には
行くけれど、それまでお父さんが持たなかったと
しても、それはそれでしょうがないから」
姉「わかった。私は午後の仕事を他の人に
お願いして、向かうね」

そして母と姉で面会に行きました。

姉「会ってきたけれど、確かにお小水は出てない
みたいだった。出なくなると、もう2,3日しか
持たないって看護師さんに言われた」

ということで、その週末、主人と娘たちと
帰ることになりました。


父は土曜日まで持ってくれました。


土曜日に、娘たちのスイミングを休ませて
家族で帰省。姉と私で面会に行きました。

私から見ると、前と何も変わらず。
目は薄く開いているけれど、白く濁っていて
見えている感じはない。話しかけても反応がない。
息はしている。心臓も動いている。
でも、お小水は3日間ほとんど出ていない。
心臓も、たまに遅くなることがあるらしい。

私「お父さん、面会に来たよ」

と、いくつか話しかけたところ、急に父が
口をパクパクし始めました。
この半年、何度も話しかけましたが、
口を動かすのを見るのは初めてでした。

姉「何か言いたいのかもね・・・もう声が
出ないけどね」

私「そうだね・・・」

そして10分のタイマーが鳴り、看護師さんに
「すみません、時間になりましたので」と
言われたので、実家に戻りました。


実家で一泊し、日曜日になりました。

姉「どうするの?帰るの?帰ってすぐに
お父さんが亡くなったらどうする?」

私「私は亡くなったらとんぼ返りするよ。
でも、火葬がいつになるかわからないん
だよね?」


近隣の市町村も同じかどうかはわかりませんが、
コロナのせいで、実家のある市の火葬場では
火葬が一度に1人しかできず、1週間待ちも
あるとのことでした


私「私は、親が亡くなった場合は1週間の
忌引きがもらえるけど、夫くんと娘たちは
3日しかもらえないから、火葬日によっては
亡くなった後も出勤・登校しないと
いけないんだよね・・・」

姉「そっか。じゃあ、みんないったん
家に戻るしかないね」


というわけで、帰りの準備をして、
私「じゃあ帰るね」
と、最後の荷物を持ったところ・・・

病院から電話

病院「お父さま、心臓が止まりそうです!
今すぐ来てください!」


えーーー、このタイミング


迷いましたが、夜に帰るかどうかは後で
決めるとして、私1人だけ残って、
夫と娘2人は車で家に戻ることになりました。


そして、母と姉は姉の車で、私は母の車で
病院に向かいました。





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最近の父について⑪

見てくださっている皆様、ありがとうございます。
10月23日、父が亡くなりました。
次回からは、亡くなった日のこと、その後の葬儀の
ことなど、書いていこうと思います。


とりあえず、最近の父について⑩の続きを。

父が転院した日、病院の2階に呼ばれ、母と姉と
私で、先生のお話を聞きました。

先生は消化器の専門で、脳神経専門ではないけれど、
それでもここまで生きているのが不思議
(実際はもうちょっとオブラートに包んでいましたが)
と言っていました。
逆に言うと、いつ容体が急変してもおかしくないと・・


私たちが、T荘でのことなど、今までの話を
したところ、

先生「そうでしたか・・。今はコロナのせいで
なかなか施設や病院に入っている方の家族が
会えないというのもあり、そのような問題も
起こっているんですよね。お父様が転んだあと、
面会ができていれば、どこか痛いのかとか、
褥瘡ができているのかとか、確認できましたよね?」

と言われたので、はぁ、まぁ、そうかもしれませんね
と答えたところ、

先生「うちでは、節目節目でできるだけ、患者さんと
そのご家族が会えるようにしていますので、
何かありましたら遠慮なくおっしゃってください」
と言われました。


コロナでもコロナじゃなくても、T荘での対応が
変わったとは思っていませんし、T荘のせいで
褥瘡ができて、寿命より早く弱ってしまったのは
面会の回数とは関係がないとも思っています。

でもまあ、面会できていたら家族が褥瘡に気づいて、
早めに病院に入院させることができた可能性は
ありますが・・・。



で、この後、この病院からはことあるごとに

病院「お父様の様態が悪くなりましたので、
今すぐ来てください!」

という電話を受けることになりました


平日だと私は娘たちのお迎えもあるし、病院まで
車だと片道2時間、電車だと2時間半以上かかります。

姉から私に電話があり、「ごめん行けない。週末には
行けるから」と回答し、姉が病院にその旨伝えると、

病院「え?妹さんは今日は来られないんですか?」
と非難するように言われて。

それを半年間、2~3週おきにやられました


姉と話し合った結果、
・たぶんこの病院はコロナ禍で、「なかなか患者に
 会えないうちに亡くなった!」という酷いクレームが
 あったのではないか。
・そのため、患者の家族には、容体が悪くなったら
 逐一報告し、面会に来させている。
という状況で、こんなにしつこく(失礼)面会に
来るように連絡してくるんじゃないかな~
まあ私たちは、行ける時は行って、行けない時は
しょうがないよ。ということになりました。


でも、姉も私も仕事があるんでね・・・
オオカミ少年じゃないけど、「容体が悪くなったので
今すぐ来てください!」って2~3週おきにやられても、
毎回は行けないし、だんだん「たぶん今日も大丈夫だから
行かなくてもいいかな・・・」って思っちゃう。


決して、父に会いたくないわけではないんです。
でも、10分の面会のために(容態が急変しても
10分タイマーつけられて、10分経ったら追い出される)
片道2時間以上かけて行くのはなかなか
厳しかったんです・・


それと、面会しても、何も話せない、目もたぶん
見えていない、耳は聞こえてるかも?でも話しかけても
何も反応がない父に向けて、ただただ「今日は○○(娘)が
こんなこと言っていてね~」とか「娘のピアノ、
録音してきたよ~」と聞かせたりとか、話しかける
だけしかできない。
そんな弱った父を見るのもつらかったです。
そして娘たちはは面会不可だし(子供は面会
不可)・・。


そんなこんなで半年が経ち、また病院から連絡があり、
病院「心臓の音がだんだん遅くなってきました。
お小水もほとんど出ていません。今すぐ来てください」
と連絡がありました。





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最近の父について⑩

最近の父について⑨の続きです。


実家には父のことで何度か車で往復したのですが、
1度、地元の高速道路の入り口が封鎖されてしまい、
隣の高速道路の入り口まで1時間以上かけて行った
ことがあり、それで娘たちのお迎えに間に合わず
主人にタクシーで行ってもらったことが
ありました・・・保育園が、車じゃないと
行けないところにあるんです

というわけで今回は、N病院近くの駅まで
姉に車で迎えに来てもらいました。

N病院に着くと、父は介護タクシーで先に
着いていて、母も待っていました。

まず父は、PCR検査。

陰性であることが確認できたら、今度はそこから
様々な検査が行われます。

PCR検査を待っている間、看護師さんから
「しばらくお父様とお会いしてなかったんですよね?」
ときかれたので、私は4か月ぶりと答えたら、
「今、少しなら話しかけていただいて大丈夫です」
と言われました。

父は検査室の片隅のベッドに寝かされていました。

入って、「お父さん」と声をかけてみました。

IMG_6121

久しぶりに見る父は、かなり細くなっていました。
そして目は開けているものの、視線が泳いでいて定まりません。
私が声をかけても、こちらを向こうともしません。
話もせず、うなずいたりもしません。
意識はあっても認識力がなくなったのか・・・

4か月前は家でごはんを食べて、咳き込んで戻してしまい、
「ああ、○○さん(私の夫)がいなくてよかった、
こんなみっともないところ見せなくて済んだわ」
なんて、軽口がたたけたのに・・・


ショックを受けましたが、寝たきりになると、短期間で
こんな風になってしまうんだな・・と思いました


その後、PCRの検査が陰性とわかり、そこから
CTや血液検査等、入院前の検査が行われました。


待つこと約1時間。


「2階で、医師からお話があります」と言われ、
母、姉、私で2階に上がりました。






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最近の父について⑧

最近の父について⑦の続きです。


グループホームBから電話があり、父がごはんを
食べられないので、入院させたいとのことでした。

姉「ごはんを食べないんですか?なんででしょう?」

B「あまり言葉も話されないのですが、どうやら
床ずれもひどく、痛いのかもしれません」

姉「は?床ずれ?」

B「前の施設から言われていないですか?
けっこうひどいです。痛いと思います」


姉が詳しく話を聞いたところ、T荘を出てグループホーム
Bに入居した時には、もう既にまあまあな大きさの
床ずれがお尻にあったらしいです。
T荘からグループホームBには連絡があったそうですが、
家族の私たちには何も言われていません。

姉から私に連絡がありました。

姉「たぶん、T荘で転倒して、寝たきりになって、
床ずれができたんだと思う。それでT荘のせいに
されると困るから、急に『元居た人が戻ることに
なったので』って追い出したんだと思う」

私「・・確かにそうかもね」

姉「こんなことになるなんて信じられない。
T荘の担当のAさんは、入所した時はいつでも電話
してって言っていたのに、お父さんが転倒してからは
いつ電話してもいないって言われて、全く話も
できないまま退所させられちゃった。
たぶん、自分たちのせいにされるのがイヤで
逃げていたんだろうね。
別に今さら責任取れとか言わないけれど、
きちんと説明して謝罪してほしかった」

私「本当にそうだね・・・」


結局、脳腫瘍でセカンドオピニオンをもらった
K病院に入院することになりました。

入院する日、姉は仕事で付き添えませんでした。
私も仕事で付き添えず。
母だけだと、手続きとか大丈夫かな・・と心配
していたら、父の兄弟(叔父)が来てくれることになり、
母と叔父の2人で父をグループホームに連れて行って
くれました。

※前回、グループホーム入所時にこの話を
 書きましたが、入院時だったので訂正しますm(__)m


父はほぼ寝たきりでしたが、叔父のことはわかった
らしく、叔父の話にうんうんとうなずいていた
そうです
もう先が長くないかもしれないし、叔父に会わせる
ことができてよかったかもしれない


入院して、3週間ほどが経った時、姉が病院から
呼ばれました。
病院に言われたことは、

・父は、とろみをつけて全介助で、ごはんは
食べられている。
・しかし、床ずれがよろしくない。以前は広い
範囲だったが、深さもでてきてしまって、
今すぐ治る感じではなくなってきている。
・ここは急性期の病院なので、3か月以上入院は
できず、3か月経つ前に退院してもらうことになる。
・なので、それまでに施設か、次の病院を
探してもらいたい。

でした。
K病院はオンライン面会ができたので、姉も母も
数回オンラインで父に面会できたそうですが、
入院前と比べるとびっくりするぐらい痩せて
しまったそう・・・
父に話かけると、うなずいたりするけれど、
言葉はほとんど発しないそうで・・。

あっという間に弱ってしまいました




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最近の父について⑨

最近の父について⑧の続きです。


父が入院し、K病院のソーシャルワーカーさんに
「介護度を再申請した方がいいと思いますよ」と
言われ、姉が再申請するために市役所に行きました。

姉はそこで、今まで起こったことを担当者に
ぶっちゃけたそうです

すると、課長レベルの人が出てきて、
いろいろケアマネSさんのやったこと(あそこの
施設は1名空きがあるよ、と教えてきたとか)が
ありえない、と言って、その人も憤って
いたそうです

姉「とりあえずぶっちゃけてほっとしたけど、
もうあのケアマネSさんはいらない」

・・・ほんとだね


そして父が入院して2か月ほど経っても、
床ずれはよくなるどころか、もっと広く深く
なってしまいました。
かかとや肩にも、小さいのができては
消えたりしているようです。


退院がだんだん迫ってきて、K病院のソーシャル
ワーカーさんと姉が面談しました。

・床ずれが酷いので、次は施設ではなく病院に
転院した方がよい。

・転院先は、実家と同じ市内のB病院か、
T荘がある隣の市のN病院が空いているらしい。

・B病院は、脳神経外科はあるけれど、皮膚科はない。

・N病院は、脳神経外科や皮膚科、外科もある。


ソ「今は脳腫瘍の方は落ち着いていて、それよりも
床ずれの方の治療が必要だと思います。
そう考えると、N病院の方がいいと思います」


というわけで、N病院に転院することになりました。


N病院に転院が決まり、姉から電話がありました。

姉「N病院も面会はできないし、そうなるとこれが
お父さんに実際に会える最後の機会かもしれない。
できれば転院時に来た方がいいよ」

・・・確かにそうだね。


私はこの4月に忙しい部署に異動して以来、年休も
ろくに取れないような感じで働いていたのですが、
さすがにこの日は休みを取り、朝から転院先の
病院に向かいました。







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